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■2007年03月31日(土)  必ず入れます。              編集長 朱  
 昨日の「まず好きな世界にハマること」を見た学生さんの相談です。
 内容を一部変更しています。
 
1 漫画は好きだけど、本を読んだことはない。
・ 月刊漫画は立ち読みで、小説も本も読みません。お小遣いのほとんどは化粧品かゲームセンター、またコンビニのおやつ代に消えます。
2 成績はよくない。
・ 教室ではお客さん状態。放課後は部活もせずにゲーセンに通って、このまま高卒でフリーターするのも、就職するのもつまらない。大学に進学したいけど偏差値が足りなくて、受検も出来ない状態です。
3 受験勉強は嫌い。
・ 今さら大学受験の準備をしても、長時間かけて学ぶ習慣が身に付いていないので受験勉強は無理です。意味のない努力を強いても辛いだけですが、どうしてもキャンパスライフをあきらめ切れないなら、短大が狙い目です。今はどこも定員切れしているはずです。 
4 性格は良くて、友だちも多い。
・ それは大きな財産です。今は成績でフルイにかけられる年代だけど、社会に出れば最終学歴を問われるのは就職するときだけです。大人になれば、学校で突っぱり通した強さと、アウトローな遊びを極めた若者の魅力は、堂々と世間に通じますよ。
5 こんな私を救ってください。
・ 人と同じではいやだと思っているのに、人の目が気になるのは矛盾した人間の弱さです。羊と群れたくなくて個性的な高校ライフを送っても、まだ社会人になるには若すぎてお気の毒です。
 そこで、漫画が好きなら名作といわれる漫画を徹底して読んでください。そしてストーリー展開や起承転結、伏線の張り方、導入部、山、オチまでの一連の作品構成を感じ取るのです。今までのように漠然と読むのではなく、作者の深意を探りながら読むと、それでけっこう読解力は身につきます。文章構成や文法には一定のリズムがありますので、理論より慣れです。それには絵本や童話が最適です。短い文章を舌に転がすように何度も音読すると、日本語の語呂の美しさと決まりに気が付いて楽しみながら学べます。
 短大には、現代国語一本と論文という名の作文で入学できるところがありますので、よく調べて、対策を練ってくださいね。
 一生に一度と思って、自分を絞り込むのもいい体験ですよ。

■2007年03月30日(金)  まず好きな世界にハマること      編集長 朱
 漫画を描いているけど小説に転向したい方のご相談です。

1 漫画で細かいところが説明になるので、小説向きのような気がする。
・ 漫画のコマ割り、つまり小説でいう展開には問題がないようです。説明口調になるのが導入部や人物描写なら、小説の場合は頭の中で一度人物を描いて見ます。たとえば、男か女か。若いかそこそこの年齢か。服装の趣味は? 好きな食べ物は。背は高いか中くらいか。血液型は? 性格は。こんなセリフにどんなリアクションするタイプか。細かく頭で描ければ、描くほど個性あるキャラクターが生まれて、性格や家庭状況、教養までセリフでにじませると、地の文で説明しなくて済みます。
2 あらすじは面白いものが書ける。
・ 漫画も小説も構成は同じですから、漫画の要領であらすじに添って文字でコマ割りをします。その時は全体のバランスを見ながら、起承転結にあらすじを配分しましょう。大きく筋立てを三等分すると、個々に処理しやすくなりますが、作家によって筋の収め方は様々ですので、漫画家さん出身なら絵で配置すると自分に分りやすいかもしれません。
3 どうしても地の文がくどくなる。
・ 地の文で書いたところを、キャラクターに語らせるとすっきりしますが、キャラに明らかな解説をさせないように。数人の会話の中でさりげなく説明させることもできますが、その時は動きの中で説明臭さを消しましょう。つまり何かをしながら相手に語りかけると、読者に自然な形で状況を説明できます。
4 絵ではコマ割りが増えてページがかさむので。
・ 文章で数ページかけても書きつくせない部分を、絵ならサラリと表せるのに。小説家が文字と語彙を総動員しても、漫画の一コマのカットに勝てないことがあります。作品の描きすぎた部分を削ることも大切ですので、コマを大きく飛ばして読者の想像力に委ねてみては? 絵描きは絵描きの特別な才能を賜ったから、絵が描けるのですよ。私にはコロンでも絵は描けません。もっと漫画を読みましょう。好きな作家の作品を暗記するほど読み尽くして、手法を盗むのもよい勉強です。
5 通信教育で漫画コースを選ぶべきか、小説コースにすべきか。
・ どちらもあまりオススメできません。けっこうお高いのでしょう? 始めに資料をまとめて買って、やはりこちらではなかったと、あっさり捨てられるものですか? 始めのつまづきで漫画家、小説家の夢まで捨ててしまいかねません。

 私は漫画も読みました。むろん小説は毎日、時間があれば読みました。書きたいと思い始めたのは、読んだ作品が頭の中に巣食って、勝手に動き出してからです。
 あなたのキャラクターは勝手に動いていますか、話しかけてきますか。それをじっと聞いてあげていますか。それからですよ、それらを捕まえて絵に、文字に引きずり出すのは。 そこまで熟すまで待たないと、深みのない作品になってコマ割りだけが増えてしまうのです。まだストーリー展開が見え切っていない気がします。
 まず、好きな世界にどっぷりハマって楽しみましょう。

■2007年03月29日(木)  メールカウンセリング」いたします   編集長 朱
 3月22日「それは成長の痛みです」に掲載したシニアさんから報告です。       
1 諦めていたバジルが今頃芽が出てきました。しかもいっぱいです。逆に間引きしなくてはいけなくなりそうです。あの頃の寒さに耐えていたんでしょうか? 
”春が来たんですね” 時期が来れば成る物は成るってことですかネ。捨てなくって良かったです!
・ 青春は人生の春だと思っている人が多いのですが、青春は人生の試練の季節ではないかと思うのです。自由に伸びようにも伸びることが許されずに、せっかく伸びかけても受験でフルイにかけられて間引きされ、望む道から外れてしまう。自分の望まない道を指し示されて仲間からも取り残された、挫折感と焦燥感。
 ウグイスでも時期が来れば上手に鳴けるのに、人間だから、このまま現状から抜け出せないような気がするのです。日々、確実にたくましく成長している自分の姿を想像できないのです。
2 あの頃の寒さに耐えていたんでしょうか? ”春が来たんですね”
・ 今は耐える時期。春はもうすぐ、との確約があればどんな試練も耐え易いものですが、人生の四季を知っているオトナでさえ、不遇な日々が続くと自信を失います。だから、目標を見失わないこと。指針がグラつかなければ希望が見えます。この希望に向うための、いまは試練だと思えば、人間は人生の冬さえ楽しむことも出来るのです。
 若いバジルたちも冬と春をたくさん越えて、少々のことでは挫折しないオトナになって欲しいと思います。
3 時期が来れば成る物は成るってことですかネ
・ と悟れるのが年の功です。ご立派、シニア殿。
4 捨てなくって良かったです!
・ 本当に、障害や挫折のたびに自己をなくしていたら、本当に欲しかったものさえ分らなくなります。いつも顔を上を向けていたら、わずかな明かりでも逃さずにキャッチできます。私もいつも前向きに前進して行きたいと思います。

 日々雑感を書き始めて、さまざまな方からお手紙をいただくようになりました。若い方からのおたよりも多く、顔の見えない安心感から込み入ったご相談もいただきます。どうぞ、いつでもお寄せください。
 締め切りの修羅場でない限り、必ず真摯にあなたのご相談を受け止めます。
 

■2007年03月28日(水)  過ぎたるは及ばざるが如し    編集長 朱
「膝を痛めた」にお返事です。許可を得て原文そのまま。

「私も3年程前に膝をやってしまいました、ダイエットしようと毎晩1時間ウォーキングとストレッチ更に50回のスクワット!やりすぎで激痛、整形外科で『半月板損傷』だそうで膝の皿に、毎回潤滑剤注射打っていました、すごく痛かったです!が、半年程で楽になりました。まず医者に行って診てもらったほうがいいですよ。それと、痛くてもリハビリして脚の筋力落とさないように、膝は脚の筋肉で保たれているから。ちなみに今でもウォーキングはしてます・・20分程ね。もぅスクワットは無しです!」

・ 健康志向が流行ですが、健康な方がもっと健康になりたくて無理をして身体を壊すなど…まったくもって、過ぎたるは及ばざるが如しの典型です。でもスポーツダイエットはハマるものです。
 私も水遊びを求めてスイミング・プールに通ったのですが、次第に記録更新の楽しさにに目覚めて練習がハードになり、夢中になってトレーニング・メニューをこなして、ついにはシニア大会に出場して、栄えあるメダルを手にすることができました。それから、根本的に筋力を付けるためにマシン・トレーニングにも励んで、…結果、愚かにも肘を痛めてしまいました。
 選手コースを脱落して、はじめて憑き物が落ちました。
 ハマるのです。
 心がハマっても肉体が付いて行けるうちはまだ若いのですが、体がついていけない限界を悟った時点で、年齢を感じてしまうのです。
 ご同輩、身体と楽しくお付き合いしましょう。まだ人生は半分も残っているのですから、身体を大切に慈(いつく)しみながら、そして今までの経験を生かして社会の役に立ちながら自分も楽しめる、豊かな日常を送ることができたら意義のある生涯だと思います。

■2007年03月27日(火)  遅咲きの反抗期?            編集長 朱
 遥(はる)か北の先輩より、さっそく励ましのメールをいただきました。
 ご親切にありがとうございます。膝や関節など、薬を飲むや塗ったりでは治せない外傷は、やはり温泉が一番とのこと。せめて家のお風呂で長湯をしたいけど、主婦が最後に入る落とし湯は湯の量が少なくて追い焚きももったいなく、暖かい春をひたすら待ちます。
 昨日の「膝を痛めた」ではなく、「辛抱することをやめた」にお返事が来ました。
 きっと熟年層の奥様でしょう。辛抱するのをやめた相手がご主人ですから。

1 辛抱するのをやめた
・ 夫の言うことやることが勘に触って、つまらないことで口げんかするようになりました。今までは「また言っている」と辛抱していたけど、ただ辛抱していたのではこちらの我慢が伝わらないと感じて、一つづつ反発しているそうです。次第にトゲトゲしくなる家庭の空気が気になるけど、一方的な我慢で成り立つ夫婦関係こそ問題だと思って、ただいま遅咲きの反抗期だそうです。
2 気に入らないときには返事も拒否
・ そこまでするには、そうとう溜まっていたのでしょうが、この際、鬱積(うっせき)したものを吐き出すチャンスかもしれません。青少年と違って「潮時」も「駆け引き」もご存知でしょうから。しかしご主人も「遅咲きの反抗期」によく付き合っていますよ。歳月で築いた奥様への信頼でしょうね。
3 1人で暮らしたい
・ ここで引っかかったのは、一人で暮らせない理由に「お金がないから」という逃げ口上です。お金がないから独立できないのではなく、今の生活に未練があるから、または愛情があるから別れないのであって、経済を理由にしている限り、別れられない本当の理由が分らなくなります。その理由を見つけることが大切なのではありませんか。
4 この年で実家は頼れない
・ 数あるメールからこのテーマを選んだ理由が、この自立心のなさです。夫もお金も実家も関係ありません、ただ平凡な人生に黄昏(たそがれ)ているだけです。生活苦もなく有り余っ時間に、貴女の知的な活力が存在意義を求めているのです。新たな状況を演出して挑戦してみたらどうでしょう。思いがけずに毎日が輝きはじめます。例えば、若いインストラクター付きのスポーツセンター、経験を生かしたボランティア、思い切って、安価な自炊の湯治宿で長逗留。
5 思い出したように息子が帰ってくるのが救い
・ もしかすると貴女の症状は「空巣症候群」かもしれません。お子さんも独立して、ご主人は自分の世界を作って奥様は入れず、家庭の中で独りぼっちで不安感に苛まれているのでは。ぽっかり空いた心には新しいもので満たしましょう。季節の変わる春に、心機一転して環境を変えませんか。もし、近畿県内にお住まいなら「うぶすな」に連絡ください。その住所に美術館や博物館のチケットをペアで贈呈します。
 マイナスの想いに囚われていると、鬱症状まで悪化する恐れがあります。
 まずプラス思考に変えること。
 外見からきれいにお化粧をして、明るい春の服を着て、お友だちと美味しいものを食べて、美しいものに浸りましょう。 

■2007年03月26日(月)  膝を痛めました              編集長 朱
 3月10日の北の先輩から「このごろ節々が痛いが、年のせいか寒さのせいか」とおたよりをいただいて、「お年のせいでしょう。うちのお爺さんは膝の軟骨が磨り減って、一年中、座ると膝が痛くて立てません」とお答えしましたが、とうとう私も年寄りの仲間入りをしました。膝をくじいて正座ができなくなったのです。それもここしばらく直りません。
 山本周五郎作「さぶ」で心に残ったセリフがあります。
 さぶの親友の栄二が「人の痛みは3年だって辛抱できる」、だから人の痛みや苦しみを当人以外、我慢せよという資格は誰にもない、というのです。
 私は痛みには強い方で、骨折も自分で治したほどですが、それは理由の分る痛みだからです。読者が付けてくださった日々雑感の愛称に「うぶすな駆け込み寺」というのがあります。さまざまな心の痛みを抱えた方が、雑感にいらっしゃいますが、やはり人さまの痛みですので、耐えることで周囲の状況が好転するなら、つい辛抱を薦めてしまいます。
 辛抱できるものならこの状況を、「言った者が辛抱してみろ」と言い切れるなら心配はないのですが、辛抱しろと言われて、反論もせずに自分のカラに閉じこもる方が根は深いのですよね。
 膝を痛めて、正座がしづらくなって膝を崩して座っていますが、それを行儀が悪いと言われた時に、「行儀って何ですか。下半身の骨を関節で折りたたんで、その上に体重をかけて重石するのが、行儀ですか。こんな健康に悪い座り方は日本だけじゃないですか」と言えたら、私も大物なのにね。座り方の行儀を指摘されて、痛いのに無理をして正座をしました。
 周囲との軋轢(あつれき)を避けるために我が身を犠牲にして、犠牲にされた膝が、ほら見たことかと痛みを訴えるので、骨折さえ自然治癒させる私が、ズキズキ痛む膝に腹を立てています。
 もう、辛抱するのはやめようと思ったのに、なかなか、人間というものは平和主義者のようです。
 北の先輩。節々の痛みを軽く見てすみませんでした。
 温かいお風呂に入って、節々をいたわってあげてください。私も2つしかない大切な膝ですもの、これからは無理をせずにいたわってあげます。 

■2007年03月25日(日)  バイトで自分を磨く             編集長 朱
 連休の離島のバイトはどこがいいかとの問いに、沖縄と即答します。
1 連休の沖縄は
・ もう初夏です。ブーゲンビリアもハイビスカスも咲いて、草むらには木苺も赤く実り、夏に至る初夏にシャーシャーと鳴くからカーチーシャーシャーと呼ばれる草蝉が昼中ずっと鳴いて、海も風も暖かく、珊瑚の海は本土の海の色とまったく違います。
2 なぜ離島か
・ 荷物が少なくて済み、滞在費が安い。できましたら沖縄本島より遠い、八重山諸島くらいがベスト。石垣島は大都会で、西表島も巨大です。できるだけ辺鄙(へんぴ)な島が、地域社会が狭くて人の動きも少ないので、連休のヘルパーさんは歓迎されます。僻地には不思議と都会の若者が流れ着いて、日に焼けた額にタオルを巻いてセッタを履いた、いかにも、いかにも、というファッションは都会の若者です。島民はきちんとした普段着を着て、足元にもこだわっています。先に離島に流れ着いてコミュニティを作っていると、女性観光客が来ても、島内案内や夜の浜辺、村中散歩などいい思い出作りが出来ます。
3 バイト代は安いが生活費はほとんど要らない。
・ ヘルパーさんなら3食おやつ付き、海の網打ちや舟釣りなど珍体験つき。時にはヤギを解体するお手伝いなど。沖縄県八重山諸島の鳩間島で、これらにヤシガニ捕りやカモの解体までお手伝いした経験がありますが、現在でも島民と、滞在型の旅ならではの交流があります。
4 若いうちに思い切って他人の飯を食べよう
・ お金を稼ぐだけのバイトより、体験型のバイトの方が人生が充実します。大人になればできないような非日常的で、非凡な体験は、いざという時の危機管理の能力も育てています。 
5 お金で買えないものは労働で買える
・ 商品として店頭に売っている物はいつでも手に入りますが、労働でしか手に入らないものを逃がせば、再びチャンスにめぐり合うには時間がかかります。どんな体験から将来への道が開けるか分りません。どこで会った人脈からどのような出会いに繋がるかもしれません。私の交友関係はすべて、一歩出たところから広がりました。昨日のあなた、駐車場整理でも与えられた環境は、新たな出会いのチャンスとして前向きに受け止めましょう。
 つまり開運は、日々の心構えから始まるのです。 

■2007年03月24日(土)  ボランティアがしたいけど        編集長 朱
 ボランティアをしたいのだけど、どんなボランティアがいいのか分らない、という方からの相談です。

1 里山保全のボランティアをしたが難しかった。
・ 大学の募集で現地まで車で送迎、食事付き。タダで珍しい体験が出来ると思って参加したのに、慣れない重労働とノコやナタなど道具を使って、少しケガもしたけど、おじさんたちが優しくて、みんなで竹を切ったり運んだりは楽しかったそうです。
2 どうせするなら女の子のいるところで。
・ それならぜひ、女子大や環境保全のサークルのお手伝いをして欲しい。女学生が慣れない力仕事をしたり、大工道具も使うので、ノコやナタを使った経験で、かっこよく力に任せてトントントンとやっつけて欲しいな。経験者は優遇されて、ゲガまでした武勇伝があるなら絶対モテます。 
3 大きなイベントに参加したが、面白くない場所に回された。
・ 配置されたのは駐車場整理。新しい出会いを求めて期待したのに、屋外では仲間も少なくて、何のために一日を潰したのか、嫌になったようですが、遊びたかったらチケットを買って入口から入りましょう。でもそれでは誰でもできること。普段は使えない関係者専用の出入り口を自由に使えて、主催者側のスタッフTシャツを着て、舞台裏から眺めるビッグイベントは格別なものでしょう? 出会いは人だけではありません。同じ時と場所で、同じ空気と連帯感を味わえるのも、新たな出会いです。
4 バイトよりボランティアの方がチャンスがあるような気がする。
・ お金より女の子ならサークル活動も穴場だと思います。この季節なら大学訪問や、大学図書館も地域に開放されているはずですが、どちらにしてもあまり焦らない方がチャンスは広がります。4月5月の連休に、地方の観光地で、腰を据えたアルバイトをするのも、女性観光客との出会いがあります。時間を取って地域を知れば穴場を案内できるので、沖縄の離島は狙い目です。
5 いろいろやってみたけど、何が自分に向いているのか分らない。
・ それはバイトでもボランティアでも目的がズレているからです。友だち作りか彼女が欲しいのか、仕事のやりがいを狙っているのか、あちらこちらと指針がブレるからターゲットを絞れないのです。一つに決めて、この連休に賭けてみたら? 若者の求人は有償無償とも、引く手数多(あまた)だと思います。
 ガンバレ青年!
 

■2007年03月23日(金)  今日が締め切りなのに…        編集長 朱
 締め切りに間に合いません。
 お返事、もう少し待ってね。

■2007年03月22日(木)  それは成長の痛みです          編集長 朱 
 まだ締め切りを脱したわけではないのですが、青年層から気になる手紙が2件参りましたので。
 先に、シニアらしき方の手紙をご紹介します。
 
「編集長はふらつく若者にやさしいですね。私も若かりし頃はよくふらついていました。いまベランダ栽培をしていますが、ビニールハウスで発芽させたバジルを暖かくなったので外に出すと、いきなり成長して根が付きませんでした。冬蒔きのバジルの失敗です。人も同じでしょうか。確かに年を重ねると、見えなかったものがホーッなるほどと思えることがあります。誰もがふらつく時期を越えて成長するのでしょうけど、地温・肥料・水・太陽光・風害? さて自立出来る要素はなんでしょうね?」
 このシニアのおたよりを、以下の2人の若者に送ります。

「私の母は私を理解しません。バイトから帰ると側にくっついてきて、自分のことばかりを話します。私の話はいつも話半分で聞いて、まるで私は掘った穴に話しかけている気分です。返事は穴の外の別なところから聞えてきます。私は母とまともな会話をしたいのです」
「父はヘビースモーカーで、タバコは身体に悪いと言っても聞いてくれません。側にいる私も煙を吸うので、やめて欲しいです。それなのに、このあいだ抗議をする私に煙を吹き付けました。顔に直接に煙をかけたのです。すっごくすっごく失礼です。すごく悔しくて怒って家を出ました。あんな家に帰りたくないです」

 親のすることやることに腹が立ち始めたら、それは自立の時期だと思います。
 でも自立は突然できません。やはり準備がいるのです。
 温室のバジルが発芽して、ひょろひょろ茎が伸びてきても、突然外気に当たると、根が張っていないだけに育つことができません。大地から養分を吸えるだけ、自己が確立していないからです。オトナにはその頼りなさが見えるのですが、若いうちには自分の姿が見えないのですよね。
 シニアの投稿を読んで、自立のきっかけは風害が一番だと思いました。
 親への批判や、ああなりたくないという自立意識の芽生えが、親子の関係をぎくしゃくさせて、徐々に自立するために、自分の足で大地に根を張るのです。
 お父さんお母さんを非難したり、批判するのは、精神が健全な証拠です。
 その悔しさや辛さは、オトナの庇護から剥がれようとする、成長の痛みですよ。
 ご両親に反抗してもかまいません。そのための親ですから。
 親なら子どもの理不尽な怒りを受け止めてくれます。
 上記のシニアが言っているでしょう。「確かに年を重ねると、見えなかったものがホーッなるほどと思えることがあります」と。
 あなたたちが親になっても同じように、あなたの子どもの怒りを受け止められるはずです。親子とはそのような関係なのです。
 

■2007年03月21日(水)  締め切りなのに…            編集長 朱
 締め切りは、時間に追われて昼食も抜くほどなのに、今日は夢殿サロンの日。
 部屋着兼仕事着を脱ぎ捨てて、いつもの外出着を羽織って、いいかげんな髪でも一応クシで梳いて、階段を飛び下って出かけて、マイクを持ってしどろもどろのご挨拶。トンと座ると、やはり電話。締め切りの大事な電話です。
 外に出て短めの対応をして戻って、また電話。電源は切れません。
 今日は締切日です。
 原稿の対応と確認と連絡の電話がジャンジャン。
 サロンのお手伝いができたのは始めだけで、中間は電話の対応に追われて、終わりも急ぎの返事と手配に追われて、何もかも中途半端な仕事振りでした。
 サロンのスタッフは優秀で、各自が各自の持ち場を守って、独自の判断で動いています。いくつものサークルに関わりましたが、サロンはさすがに各文化団体の代表者が運営する講演会です。今では私が一番お役に立っていないかな、と思います。
 でも身体が2つ欲しいと思いました。
 で、日々雑感にお出かけしている暇は無いのです。
 メールが溜まっていますので、ちょっとご挨拶。

■2007年03月20日(火)  締め切りの修羅場に突入しました。  編集長 朱

■2007年03月19日(月)  知人に金を貸したら…4         編集長 朱
 昨日の深夜に「お金の話は終わり」と書きましたら、「なぜですか、すごくタメになってます」とおたよりをいただきました。
 この方は「僕は借りる方だけど、借りた人がこんなに辛いとは思わなかった。借りたお金は返したいけど、働いて収入があっても別口で使うから、やっぱり返せない。でも、お金が入ったときに少し返そうと思います」
 なんて甘ったれた根性かと、少々叱っておきましたが、昨日にご忠告をいただいた方の心配が当たってしまい、本当に、叱りながら苦笑いしました。
 このブログにいらっしゃる方は、老いも若きも男性も女性も、とても誠実に真摯に投稿者の相談に乗ってくださいますが、しかし、お金の貸し借りは、相談に乗るほうも辛いのです。
 なぜなら、誰でも1度や2度の金銭トラブルがあって、お金で嫌な思いをすることなど、わんさとありますから。それを「僕は借りる専門」と言える、人の痛みに無神経な、社会生活に未熟な若者が、断りきれない友人たちの間を渡り歩いているのかと思うと、日本の豊かさゆえの寛容が、危なっかしいものに感じます。
 借りに行ったけど、断られたから刃傷に及んだ。
 借りに行ったけど、留守だったから部屋を荒らした。
 借りに行ったけど、怒られたから恨んだ。
 
 こう書くと、「借りる専門の方」の不満がどれだけ身勝手なものか分りますでしょう。
 やはり、お金の貸し借りの話は不愉快ですので、これで終わります。 

■2007年03月18日(日)  知人に金を貸したら…3         編集長 朱
 15日「知人に金を貸したら…2」で掲載の奥様におたよりです。
 この方も内輪話が混じっていますので、脚色して投稿者を保護します。

1 私も親戚に金を貸した。
・ 親戚というのは身近すぎて断れません。妙な金融関係に手を出す前に、親戚に頼らなければならないほど切羽詰ったのなら、と思った仏心が仇(あだ)になりました。
2 「知人に金を貸したら…2」の方法で返金された。
・ 15日の前記の方は「月々の利息にも満たない返金だが、今は生活の足しにして、思いがけない年金だと思って感謝している」とありました。それは手元に資金があると投機で失くしてしまうから、貸して役立って、返してもらって自分にも役に立っているとの感想でした。しかし、今夜の方は…
3 貸したのは大金なのに、小額を毎月返金されて生活で消えてしまった。
・ 貸したのは定期貯金を、返すのは普通貯金へ。借りたものは借りた形で返すべきなのに、そう言えば返るものも返らないと思ったけれど、結局、まとまった資金が消えてしまいました。15日の方のように思えたら心も休まるでしょうけど…
4 その親戚とは現在絶縁しているし、あちら側についた親戚も人間関係を終えた。
・ そうです。お金の貸し借りは、生きる死ぬの話しでもないのに、交友関係が断たれてしまうのです。甘えと善意から始まった話が、なぜか絶縁にまで直結するのです。
5 断りきれない人に金を借りるような人とは、関係を終えた方が楽。
・ この方は14日掲載のバイト資金を貸した若い方の、お友だちの意見に賛成とのこと。そして雑感の記者や15日奥様の甘さは、人の好意のスキを狙う人間を育てるのではないかと忠告をいただきました。

 まったく正論ですので、遠慮がちに反論させていただきます。
 確かに、お金の貸し借りはすべきではありませんが、そこはオトナの解釈で、融通できるなら融通してあげても良いのでは。私はこの発端となった14日若者の成長に期待が持てましたし、15日奥様のお話がとてもうれしく思いました。
 交友関係はお金では買えませんし、友人知人の辛い、苦しいが、手持ちの資金で楽になるなら、そのための費用かとも思えます。貸したものは返して欲しいけど、あわてなくても長期で返済してくれるなら、それはそれでできる限りの誠意です。
 とても難しいことですけど、せっかくの善意を、絶交で終わらせたくないのです。
 すみません、金の貸し借りのお話はこれで終わりとさせてください。
  

■2007年03月17日(土)  リフームをしようと             編集長 朱
 リフームをしようと天井板を開けると、天井は昔風で梁(はり)がなくてそのまま、垂形で屋根まで続いていました。屋根には煙り返しがついていて、昭和の中期にリフォームした天井が、せっかくの煙り返しを死なせていました。
 そこでまた思案。
 当初の、何本もの梁をむき出しにしたデザイン、という目算が狂ってしまいました。たくさんの方にさまざまなお知恵をいただきましたが、共通のご意見は「急がないこと」でした。はい、肝に銘じます。
 ありがとうございました。
 内装だけでなくキッチンの使い勝手を指摘くださった方もいらして、器具のご紹介もいただきました。
 以下、原文を少し削りました。
 「うちではIRインダクションレンジ2台と専用のステンレスのお鍋で料理しています。IHではなくて、移動式の電磁誘導コンロですが、コンピューター内臓なので便利です。調理台の上にポンと2台置いています。IHは電磁波が強く(器具から1m離れること)、IRは電磁波が少なめ(器具から30cm離れること)だそうです。専用のお鍋は8つの機能を兼ね備えたお鍋です。1、ゆでる(野菜を洗った水だけでゆでる)2、魚を焼く。3、揚げる(少量の油で揚げ物をする、ふたをするので飛び散らない)4、煮る(肉じゃがは、だし汁なしで調味料だけで煮ます)5、炒める(揚げ物の残り油で調理するので残り油がなくなる)6、蒸す7、炊く(お米を洗ってから15分で炊き上がり、蒸らし無し)8、オーブン(ケーキが簡単に焼けます)。お鍋は耐用年数80年、火が出ないので安全。栄養を逃がさない。ランニングコストが安い」
 どうやら熱源付きのステンレス鍋のようですね。
 普通のステンレス鍋を使っている友人がいますが、聞くと値段が高くて、本体そのものもとても重くて、水と材料を入れると持ち運びしにくくて、とうとう仕舞い込んでいるそうです。つまりは使いこなせばどんなものでも便利です。
 我が家ではお祝儀返しにいただいた圧力鍋を使っていますが、気を許したとたんに炊きすぎて、肉じゃがはいつも原型をとどめません。味見は出来上がってしまわないと途中でできませんので、いつも一発仕上げです。
 新しい調理器具は便利でしょうが、どこか使い勝手が悪くて、熟年になると手順が身についた器具が一番使い易いようです。でも、よく読むと魔法のお鍋みたいで、何でも短時間にできそうです。
 もう、次第にリフォームを考えるのが面倒になりました。

■2007年03月16日(金)  お知恵拝借 !                 編集長 朱
 古い家が傷んでリフォームすることになりました。
 そこでリフォームをした友人に、自宅を見学させてもらいましたが、数人が、数人とも不評でした。
1 古い家に新しい建材を足したので、そこだけ安っぽく見える。
・ 20年したら落ち着くのでしょうが、それなら始めから古材を使えないのでしょうか。
2 何度も見取り図を書き直してもらったので、遠慮して見切り発車をしてしまい、今では出来上がりに後悔している。
・ 斬新な台所でしたが、一般の家では無用ではと感じるところもありました。見取り図と比べても分らない無駄な部分や、家具と壁の死角など。ことにデザイナーが腕を奮った、奇をてらったような装飾が目を引きました。
3 お店が勧めるものは大層で不要なものが多い。いらないとはっきり言った方がいい。
・ まず、システムキッチンは無用だとおっしゃいます。そして食洗器。お碗のこびりつきは取れず、80度の熱湯なので金縁の皿や、塗りの碗は洗えません。大仰な整理棚も十分に整理できずに、ごちゃごちゃに。毎日使うからこそ、整理ができないといわれて、納得でした。
4 新建材が危ないと言われて、高いものを使ったけど、どの程度、危なかったのやら。
・ 壁や床など、まず脅迫から話を始めるので要注意とも。
5 あまり触らない方がいい。ことにいま流行のものは避けた方が安全。
・ 分ってはいますが、床が抜けたものでどうしようもなくて。一昔前に流行ったストーブ暖炉付きの居間が、使い勝手悪くて、客間の用を足していません。台所と居間をワンフロアーにする予定ですが、迷っています。
 いいお知恵を拝借したく思います。
 お便りください!
 

■2007年03月15日(木)  知人に金を貸したら…2         編集長 朱
 昨日の健気な若者に、熟年層からエールが届きました。

1 夫が退職金の一部を知人に貸した。
・ 世話になった方で断りきれずに貸したけど、数年計画で返済予定でした。
2 その方が事業に失敗した。
・ むろんお金は返らず、退職金でリフォームするはずの家は、今でもそのまま。
3 夫は株にも手を出して、老後の備えはスッカラカン。
・ 退職後の一時期は金回りがよくて、夫は株に、自分は好きなものを買って、バブルに浮いて株価が下落したときに、何もかもなくしてしまいました。
4 金を貸した知人が、少しづつ返してくれるようになった。
・ 利息にも満たないわずかな金額ですが、現在それを生活の足しにしています。夫は思いがけない年金だと喜んでいますが、もし、その方に貸していなければ、それもバブルで使い果たしていたと思います。何が幸いになるかわからないものです。
5 若い方の善意に、借りた方に代わってお礼を言いたい。
・ お金は、借りたほうも貸したほうも苦しみます。そんなお金の貸し借りなど、無ければ無いのが一番ですが、人さまが頭を下げて頼ってこられたときに、アルバイトで溜めたお金を融通できたあなたの行為は、とても美しいことです。心無い友だちの言葉など気にせずに、借りた方を信じて待ってあげてください。
 私も、管理人さんと同じです。
 そのお友だちが笑顔であなたの前に現れて欲しいと、切に願います。

■2007年03月14日(水)  知人に金を貸したら…          編集長 朱
 まだ締め切り中ですが、気になるおたよりが届きました。
 私も経験がありますので、相談者には掲載の許可を得ずに、いつものように状況を大きく脚色して、公開します。 

1 友人に金を貸した。
・ 深夜に訪れた知人に、借用期間も短かったので手持ちの金を貸した。
2 返済日を過ぎても返してくれない。
・ 返済当日は寝ずに待って、それなのに電話もなく、翌朝に電話をするとどうしても工面がつかないという。
3 友人に相談すると「金はやったものだと思え」という。
・ 共通の知人は「金を貸すほうが悪い。自分のところに来たが断った。貸す金は返らないと思ってくれてやるものだ」と言われたが、人に金をやるほど豊かではなく、金のない辛さはよく知っているので、他人事と思えなかった。必ず返すからという、知人の涙を信じた。
4 なぜ貸したものが悪く言われるのか。
・ 貸した当日は友人知人を渡り歩いて、深夜に尋ねてきたときは、憔悴し切っていた。貸した金はバイトで溜めた金で、人に貸せるような金ではない。それなのに友人たちから「何を思い上がって貸したんだ」「いい顔したんだから勉強代と思え」「利息に釣られると痛い目に合う」「事故に合ったと思ってあきらめな」など、状況判断の甘さを責められた。
5 購入予定のある金で、いま不自由している。

 読んでいて、目頭が熱くなりました。
 そうですとも、断れませんよね。深夜の玄関で土下座する知人の頭を、蹴り飛ばすような真似は、できっこないです。ことに、そんなときには、不思議と手許にお金があるものです。臭っているのかと思うほど、かぎつけられるのです。
 返す期間が1年とか2年なら考える猶予もあったけど、1月かそこらなんでしょう? じゃあ、このお金はここに置いてたらただの紙だけど、この人に貸したら人助けだ、と思ったのよね。わかるわかる。
 でも、金は貸すなというのは本当です。その場の同情でお金を貸しても、返すときには恨まれながら返されるものですから。断った友人たちも同じような経験をしたか、また耳学問かで処世術を身に付けていたのでしょうね。
 でもね。上手に世渡りする人が良い人とは限らないのです。あなたのような若者がいると知っただけで、締め切りてんてこまいでも、どうしても、お返事がしたいと思いました。
 お金を貸したお友だちには、もう少し、時間を上げてください。
 返せと責めても、あせっても、手に入らないときには手に入らないものです。
 友人や知人を渡り歩いたのなら、借りる側も辛かったはずです。その挙句にあなたと出会えたのですから、借りたときの涙は本物だと思います。
 私も、そう信じたい。
 お金を貸して、交友関係まで台無しにしないでください。

■2007年03月13日(火)  華あるオトナに              編集長 朱
メディア・リテラシーについて、業界筋の方からもメッセージを頂きました。
(掲載について許可を頂いています)
「メディア・リテラシーは広告企画の世界でも言える話ですね。この場合は、クライアントの既存代理店が行っている媒体管理や、プランニングが漫然化していないか、又発信情報は真に消費者にとって有益か・・など広義の販売計画のプレゼンテクニックのひとつとして”デメリット表示からのポジティブアプローチ”や”競合他社とのスタンスの差別化”など、最近はコンプライアンスなど企業も神経使ってますからね〜。私としても非常に興味があるテーマなので、情報あったらまた教えてくださいね。私もこの仕事32年やってて別の視点から見直すのもいいかな〜っと思ってます。」

 どうですか、お若いの。
 この道、この仕事を32年も続けて、中年以上でありながら、まだ新たな情報、別な視点、尽きることのない仕事への興味、好奇心を持って、さらなるスキルアップのチャンスを狙っているのですよ。
 ここの「シニア」に脱帽しなさい!
 同僚とうまくいかないくらいで転職して、また転職して、いつかバイトか臨時採用になって、そこで一生の仕事にめぐり合えますか? 
 職場は、食い扶持を稼ぐ場だけではなく、自分を磨く場所でもあるのです。仕事は給料をもらう手段だけではなく、自分の生きがい、やりがいにも繋がるものなのです。
 しかし、本当に「日々雑感」が梁山泊の様相を呈してきました。
 今は迷える若者より、活力ある中高年のがんばりが社会を支えているようです。
 それなら定年退職後でも、社会に地域に、主役の座を明け渡す必要はないのでは、と思います。
 いかが? ご同輩方。
 

■2007年03月12日(月)  メディアとはマスコミとは。        編集長 朱
 昨日の返答にさまざまなご意見が寄せられました。少し整理してみましょう。
 まずメディアとは。新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、インターネットなど、情報を発信するための手段や、伝える媒体のことを言います。
 つまり「うぶすな」の母体は「活字媒体」です。
 ラジオのゲスト番組「はい、うぶすな編集部です」など、電波の速報性で活字を補い、反対に電波が紙面の保存性に頼ったり、この異質な広報媒体の組み合わせを「メディア・ミックス」といいます。4月からラジオの新番組も増えて、週3本の番組と再放送を持つ「うぶすな」はラジオというメディアでもあります。
 現在では、毎日200件前後の訪問者のあるホームページも、新しいうぶすなのメディア・ミックスになります。
 すでに「うぶすな」の文化活動そのものが、「メディア」なのです。
 マスコミとは。「マス・コミュニケーション」の略。不特定多数の人にメディアを使って行なう、大衆伝達のこと。
 お寄せくださるさまざまなご意見の中には、メディアとマスコミが同一化している方もいらっしゃいましたので、少し整理させていただきました。
 そして、タブロイド版1枚ではないかとのご意見に反論します。
 この5年間、紙面掲載者は「こだま」も入れて軽く1200名は越えていますし、ラジオ出演者は400名を越えて、声の記録として本紙とともに、図書館から永久保存の申し出がありました。
 新聞、ラジオ、文化交流会と新たにインターネットを加えた、各種メディアの総合力が、地域の小さな文化活動を大きく県下に広報しているのです。これが、タブロイド版1枚から始まった、地域の文化おこしです。
 匿名さん。私の小説の読者層は若い方が多いので、若い方のご意見は尊重します。でも、メールを打ちながら、自分の言葉に煽られると、本来の思いからズレてしまいます。
 もう一度、おたよりをください。
 

■2007年03月11日(日)  メディア・リテラシー            編集長 朱 
 3月6日の投稿者への返事に、今度はその返事に質問がありました。
 それはスポンサーの交通機関を使うための現地紹介でした。ライバル社の時刻表をあえて掲載せずに、待ち時間を利用して、現地でしか味わえないグルメ紹介や隠れ名所を探訪する企画でした。確かに、日帰り客には不親切な情報です。
 それを私は「記者は依頼主のために、事実を伏せる場合があります」と書いたところ、それは情報操作ではないかという意見が寄せられました。
 はい、そうです。情報操作です。
 私たちが耳や目にする情報は、記者の個性と編集方針、またスポンサーの意向というフィルターを通して、外部に流れたものです。中立を守るべき大手新聞でさえ、記載されているすべてが事実ではありません。記者は膨大な情報の中から、その時の取材テーマに沿って情報を抜き出して、記事にします。
 完璧な情報が必要なら、情報源を広く取る必要があります。
 このメディアの体質に、情報を受け取る側の対抗手段が「メディア・リテラシー」という新しい学問です。
 テレビやラジオの視聴率競争による「ヤラセ」や「データ捏造」など、意図的に情報や印象を操作するものに対抗する、市民の目や意識、または事実を見抜く力がいま私たちに求められています。
 新聞、雑誌、書籍、またはネットやブログ、私たちは「活字」や「電波」で流されたものなら何でも信用していませんか。ラジオで聞いた、テレビで有名評論家が言っていた、講演で学んだ、それらすべて、発信するものの手によって、立場によって意図的にな伝えられ方をしています。
 言い換えれば始めから「偏り」があるのです。
 メディアとはそういうものなのです。 

■2007年03月10日(土)  北の先輩から               編集長 朱
 映画「あかりの里」のDVDが、遠く北海道の方に届きました。
 映画の感想を速報のように送ってくださって、本当にありがとうございました。
北は寒いのでしょうか、少し元気のないメールでしたので気になりました。そこで内容を勝手にまとめました。人生の先輩に申し訳ございません。

1 映画「あかりの里」を見たが、奈良は実に美しい。
・ ありがとうございます。北海道と違って大自然は、箱庭のようにこじんまりとしています。
2 老後は奈良の古都の旧家で過ごしたい。
・ 奈良は寒いですよ。古い家はだだっ広くて夏仕立てで、冬は隙間風が自由に往来して、室内でも吐く息は白く、まだホームソックスに綿入れを羽織っています。
3 このごろ節々が痛いが、年のせいか寒さのせいか。
・ お年のせいでしょう。うちのお爺さんは膝の軟骨が磨り減って、一年中、座ると痛くて立てません。講の寄り合いに集まる老人たちも、正座ができないので座椅子を用意しています。
4 人間は生まれるとすぐに死に向っているが、短い人生をいかに生きるべきか。
・ そう考えるようになると、本当に年ですよ。若い方は若いうちが華と思っています。そうではありません、短い人生と気づいたときから、もうひと花を咲かせる時間は、十分にあります。
5 昔は葬式仏教など無視していたが、このごろ死後を思う。
・ DVDを操作することができて、パソコンで誰とでもお友だちになれて、まだひと花もふた花も咲かせられる若さと、経験をお持ちで、何が死後ですか。
 僧侶と酒を酌み交わしてごらんなさい、葬式仏教のカラクリが垣間(かいま)見えると、月命日のお布施がただのカンパと思えるようになりますから。
 若い方が、自分の未来を見通せずに苦しんでいるのに、カネもチカラも時間もあるいいオトナが、余力を持て余して死後に思いを馳せるなんて、人生がもったいないと思いませんか。
 もうすぐ春です。
 綿入れを着ていても、庭では春告げ鳥が鳴き方の練習をしています。なかなか「ホー、ホケキョ」と鳴けずに「ホー、ホケケケ」とか「ホケホケホケ、ケェ」など、ウグイスの世界も甘くはないのですね。きっと若いウグイスもこのままだと一生、ホーホケキョと鳴けずに終わるのではないかと焦って、必死なのでは。そう思うと、誰でも時期さえ来れば、必ず美しくさえずることができるから、と励ましたくなります。
 人生の山越え谷越え、さまざまなことを体験して、ようやく到達した悠々自適の老後を、楽しく、美しく過ごしませんか。そうすれば、若者たちも、自分たちの老後も捨てたもんじゃないと、将来に希望を持ちますよ。
 私たちの生き様が若者たちのお手本なのですから。
 北の先輩、カツを入れてくださいね。

■2007年03月09日(金)  己(おのれ)の磨き時             編集長 朱
 昨日「誤解には意志がある」と答えましたところ、早速、似たような経験を克服したとのメールを数件いただきました。
 ご相談者へのガンバレ・エールですので、全員の全文を先方様に送らせていただきました。暖かい励ましをありがとうございます。
 さて、物事が「こじれる」にも意志があります。
 こじれるにはどちらかがこじれさせたい作為があり、その場合はこじれるべくしてこじれるので、無理に関係を修復しようと考えずに、冷却期間を置くか、新しい道を歩き出す方が得策です。ことに恋する場合は。
 しかし、どなたさまも版で押したように、自分が悪いのではと反省されていますが、千差万別ある人間関係のトラブルに、白黒は問わない方が良いのではと思います。つまり白と黒のシンプルな世界ではなく、限りないグラデーションの多色世界では、すべての色が正しい色だからです。
 ただ、同色、相乗効果を生む色、反発し合う色、さまざまなので、その時に応じて組み色を変えることも必要でしょうね。
 この欄にメールをくださる方は、独自の彩色で輝いていらっしゃる方が多いのですが、その反面、他人とは違う自分の色に自信をなくすと、わずかな色彩トラブルにも臆病になって、大切な自己の輝きまで否定的になりますが、「個性ある色は目立って」当然なのです。
 目立つ個性が嫌だからといって、ではグラデーションのように「周囲に没した色」では耐えられないのでしょう? 
 精彩を放つ個性と、斬新な生き方を誇って、いつか必ずと思っているのなら、挫折の一つや二つ、スキップで軽く飛び越えて欲しいな。凡庸から抜きん出ようとするときには、抜き出るときの摩擦の痛さも当然、覚悟しなくては。
 修羅場の一つや、十や、百くらいをくぐり抜けた「おばさん編集長」としては、うまくいかないなら河岸(職場)を変える安直な生き方は、「おのれ」の磨き時を捨てているようで残念に思うのです。
 いいオトコやいいオンナは、けっこうしぶといですよ。

■2007年03月08日(木)  「誤解」には意志がある          編集長 朱
 ご相談の内容は状況を少し変えて、本人より掲載の許可を得ています。
 
 同僚との仲がこじれて、会社を辞めようと考えるAさんより。
 その同僚とは入社以来の仲良しでしたが、小さな誤解でひどく機嫌を害されて、誤解を解こうと弁解すればするほどこじれてしまいました。長い付き合いなので友人を信じて、もう弁明せずに放って置いたら、間に他の友人が入ってかき回されて、今では回復不能なほどのシカト状態です。
 さらに間に入った友人が誤解に尾ひれを付けて吹聴するので、会社にも居づらくなってしまい、今さらこの友人たちを許しがたくて、このまま会社を辞めるのも腹ただしい。どうしたものかとのご相談です。
 うーん。
 人間関係は修羅の世界です。
 昨日までどんなに仲が良くても、今日のくしゃみ一つで、天を同じくできないほど(不倶戴天)の敵になってしまうものです。それが仲がよければ良いほど、相手の心の地雷を踏む可能性が高くなります。
 もしかすると、その誤解は作為的なものかもしれません。誤解は、誤解したくて誤解する場合がありますので、その時は弁解など意味がないでしょうね。聞いた振りをしてくれるならまだ望みはありますが、中に第三者が入って新たな人間関係を作っているのなら、このトラブルは、未熟な「さよなら」のきっかけ作りかもしれません。
 それなのに、自分はどこか欠陥があるのではとまで悩むなんて、その考えがよくありません。この程度のことで自分を責めてはダメですよ。
 私は人生の半ばを越えていますが、あなたの悩みを見たとき、これは私のことかしらと驚いたほどです。この年になっても、年若いあなたと似たトラブルに遭遇しているのです。
 誰でも、どこでも、いくつになっても起こりうる、ごく普通の、しかも一番多い人間関係のすれ違いに、それでも転職を考えますか?  

■2007年03月07日(水)  迷惑メールの帯の中           編集長 朱
 パソコンが急に具合が悪くなりました。
 一日がかりで、管理人さんがあちこち触ってようやく回復しました。回復したとたんにズルズルズルとメールの帯が…。半分が迷惑メールです。普通なら片っ端から読まずに廃棄するのですが、これだけあれば何かが見えるような気がして、1件づつ開いてみました。
 みごとに統一性がありました。
 あの手この手のしつようなお誘いですから、やはり引っかかる方はいるのでしょう。「安心」や「無料」など、誘い込もうとして手を尽くしているのが感じられますが、世慣れない信じやすい方、またつまらない遊び心をもっている方には、不特定多数に流すメール配信は、絶好の餌になるのでしょうね。
 もっと怪しいのは、現代版「仕置き人」のお誘いです。
 だれでも心に暗部はありますが、知性と倫理できっちりと蓋をしているものです。ところがふとした心の緩みに、こんな危険な誘いが忍び入ったら、また、こんな手段もあるのかと気づくだけでも、シミのように心の一部に張り付いて残るものです。
 健全に、犯罪とは縁遠く生きているつもりでも、心のスキを狙う「誘い文」が各家庭の画面に密かにばら撒かれては、いつ犯罪者になるかならないか、裏表一体の危うさの中で生きているのだなと感じました。
 一日、パソコンの調子が悪かっただけで、仕事が山積みされました。
 メールのお返事は、もう少し待ってくださいね。

■2007年03月06日(火)  編集と記者と掲載者と          編集長 朱
 フリーライターの方の質問です。
1 取材先は指定されるのか、記者の独自の調査なのか。
・ 指定の場合は指定された場所で、決まった枚数、決まった写真数で、原稿、写真共に締め切り数日前に提出します。リライトがある場合に即日対応ができますので。プロなら締め切りギリギリなんて綱渡りはしません。また独自のネタは、いいアイデアでナマモノなら掲載場所はおのずから開きます。
2 一つの現場に数日かけることもあるか。
・ モノによります。取材した当日に記事を書く場合と、数日、数年かけて書き込む場合も。むろん数十年かけて未発表のネタもあります。
3 その諸経費は。
・ 出るときは頂きます。出ないときは出ません。
4 取材の仕方が危険ではないか。
・ 長年の経験で危険かどうかは判断できます。
5 どうやって仕事を取っているのか。
・ 依頼原稿のこと? 新聞広告のこと? 小説のこと? 講演のこと?
 「フリーライター」さんは記者志望ですか? 質問と好奇心は違いますよ。
 私ならこうたずねます。
1 編集部と現場で情報がズレた場合、どう書くか。
・ 依頼で指定の現場に到着すると、そこはつなぎの足が悪くて、違う場所を使えば、公共の交通機関が発達していました。その旨を編集部に告げますと、読者をこちらから誘致するのが目的と言われて、仕方なく、バスの待ち時間にできるミニハイキングや、マニアな史跡めぐりを入れましたが、記者は依頼主のために、事実を伏せる場合があります。その時は謝罪を込めて、足で稼いだ情報を載せましょう。
2 売りの感性に編集チェックが入ったが、粘るべきか。
・ 誰あろう、自分に依頼されたのだから独自の感性をにじませまて、「誰でも書けるネタならネット情報で十分ではないか」と粘ります。ただし、駆け引きですから、ほどほどで妥協しますが。
3 読者向きに書くか、妥協せずに書くか。
・ うぶすなの原稿は、読者に妥協せずに自由に書いていただきます。それは読者の意識が高いからで、少々硬めの記事でも「ですます」に変えるだけで読みやすくなります。文体を硬く書けば格調高いというものでもありませんので、優しく読ませるのも親切です。
 と、現場の記者も編集も、紙面の場所取りに知恵を使っているのですが、そこに第三者たる掲載者が介入してくると別の高等芸が必要になって来ます。
 この裏技はまた後ほど。

■2007年03月05日(月)  小説と現実は違います          編集長 朱
 小説はフィクションで、現実とは違います。
 私がチベット動乱前の仙人奇譚を書いても、密教術者の物語を書いても、本人は術者でも神秘主義者でもありません。ですから気の存在証明や幽霊は実存すると語られても、こちらに同じ経験がないので、伝聞として受け入れるしかありません。
 作家は、体験と取材で得た知識で、自己世界を組み立てます。登場人物は読者に分りやすいように個性を際立たせ、ストーリー展開も華やかに意識します。
 テーマを深めるために、取材や体験を下敷きにすることもありますが、宗教的なものを書くときには、実際に、お坊さんと生活をすることもあります。
 また、海外取材でチベット族やウイグル族との交流が、日本人である私を刺激して、そこでの体験と知識と想像力が、日本修験道の小説を書かせたこともありました。
 今回のメールはその作品の読者のようです。
 怪しげな新興宗教の教祖が主要な登場人物なので、さまざまな宗教マジックに抵触していますが、補佐として健全な精神を持つ現代青年を弟子に配しています。
 小説の中で「気」の動きと、気を操る「意識」の影響力を詳しく述べましたが、あくまでも、想像力の所産です。
 芥子の実を使った宗教儀式も取材の賜物です。
 読者が小説を読んで、どんな人がこの小説を書いたのか興味を持っていただくことは、とても光栄です。昔は読者から封筒が楕円になるほど、たくさんの便箋にびっしりと読後感を書いて送って下さいました。時には数日かけて手紙を書いて、数日の間に微妙に感想が進展している読者もいらして、作者の参考にも宝物にもなっています。
 今はネットで、気楽に送って下さいます。
 多くの情報はいずれ役に立つことがあるでしょう。
 幽霊の存在証明は、理論的に相当無理を感じましたが、読み物としては面白く拝読させていただきました。
 いろいろな方が、さまざまな視点で、あらゆる現象を自由に語れることは、とても大切なことです。この世に同じ方は1人としていないのだから、独自の「自分の観点」は重要な個性です。
 感想をくださる方、無言でカウントを回してくださる方、心より感謝致します。 このホームページは、昨年の11月に立ち上げて、現在4ヵ月で「6155」を記録しています。ありがとうございます。

■2007年03月04日(日)  キナ臭いお話               編集長 朱
 昨日の幽霊話から端を発して、特異な現象を起こせる方からの返信です。
1 学生のころ人魂(ひとだま)を見て以来、魂と肉体に興味を持った。
2 現在「気を練り出す」訓練をする、ある組織に入っている。(有料)
3 導師の高弟になって、気功で患部を癒すことが出来る。
4 早期熟練のためには道具も使う。もし望めば、格安で譲る。
5 癒しの体験道場を開きたい。
 
 時代が求めるのでしょうか。以前、交流会にも「手かざしによる癒し」をお仕事にされている方が紹介で来られました。その方も気功のパワーを証明するのに、振り子のような道具をお使いになりました。私はテーブルマジックのタネを見破れない、節穴の目ですので、宗教がらみのミニ奇蹟には一線を引くことにしています。
 もし、手かざしで病を癒すあなたの導師が、世のため人のために無料で施術をしているなら、その導師は聖者です。そんな聖者の高潔な姿に心酔して、高い授業料を払ってでも癒し技を会得されて、ホームレスの病を癒しているなら、あなたも聖者です。
 でも、高い癒し料を取るなら、それはビジネスであり、お商売なら頂いた対価にあたいする効能の証明が、必要だと思います。
 効く、治る、癒せるが売るためのキャッチコピーなら、そのまま鵜呑みにはできません。
 癒し術は感覚的なものなので、手かざしをする方とされる方との間には、絶対的な信頼関係が必要です。つまり効く効かないの前に、まず信じなければ、与える者の気と受ける人の気が通じません。これを気脈を通じるといいます。
 金銭の授受が生じるため、幽霊話と違って、非常にキナ臭いお話だと思います。
 

■2007年03月03日(土)  幽霊になったお話             編集長 朱
 幽霊を見た、という方からメールを頂きました。
 その方は、小雨降る夜の国道を走っていたとき、前方にカサを差した女性がいて、びっくりしてハンドルを切って振り返ると誰もいなかった、そうです。その近くには前方も後方も民家がなく、あれは絶対、幽霊だったと断言されていました。
 幽霊かどうかは実際に私が見たわけではないので、何とも答えられませんが、修験道をネタに小説を書く作家に「この事実をどう解く」と聞くのですから、その点だけでも事実なのでしょうね。
 でも、わたくし、とてもほほえましく読ませていただきました。
 なぜなら、わたくし幽霊を「やっちゃった」実績があるからです。しかもこれとそっくり同じ状況で! 
 時は10年ほど前の夏。場所は富士山の樹海の縦断道路。状況は同じく小雨降る深夜。
 取材で、富士山の裾野で四輪駆動を乗り回している方々を追ったときのこと。つい長居をして、ホテルのある河口湖までの最終バスに乗り遅れてしまったのです。現場には宿泊施設がなく、タクシーを呼ぶにも河口湖から呼ぶので異様に高くつくと聞いて、「しようがない、朝まで歩いて帰るか」と記者根性でとぼとぼと、夜の青山樹海の縦断道路を歩いていましたら、雨まで降り始めて、周辺は真っ暗。左右の樹海は迷い込んだら二度とは出られない自殺の名所。
 記者ですもン。幽霊でも出たら、アチラの事情でもお伺いしようと気楽に歩いていました。するとはるか後方から車のライトが。「まぁ、地獄にホトケだわ」と近づく車に、カサをさしたまま笑顔で手を振りました。とたんに車は私を中心に大きく孤を描いて、離れて飛び去りました。しかもキキキっとタイヤをきしませて、車のお尻を振り振り。
 次の車に手を振っても。次の次の車にも。でようやく、納得。
 場所は樹海前。季節は夏の夜。しかも雨。わたくし幽霊と間違えられたみたいです。
 明け方近く、ホテルに帰り着きましたが、泊まっても泊まらなくても一泊は一泊。
 タクシー代を惜しんだおかげで、面白い体験をしました。
 幽霊話って、こんなオチもあるのですよ。
 こんなところに人がいるはずがないという、思い込みが、幽霊を生みやすい状況を自分で作っているのです。

■2007年03月02日(金)  草木も眠る丑三つ時           編集長 朱
 ただいま現在、草木も眠る丑三つ時です。
 こんな時間まで何をしているのかと自分でも思うのですが、明日は収録日で、お迎えするゲストさまのプロフィールのチェックや、質問要項を確かめてみたり、ゲスト用紙に書き込んでみたり、けっこう気を使って、あれやこれやと下準備をします。
 で、大体、そんな準備は役に立たずに「よーい、スタート」で頭は真っ白です。
 実はとてもあがり性で、マイクが苦手で、マイクの向こうの40万リスナーが怖くて、とっさに言葉が出てこないときがあります。そんなことでなぜパーソナリティができるのか、自分でも不思議ですが、始まったとたん、別の自分が勝手に語って、ゲストに質問して、トークを引き出して、まとめまで持ちこたえているのです。一種の興奮状態でしょうね。
 奈良市内のドットFMに、友人のパーソナリティがいますが、彼女はこの興奮状態がとても合っているらしくて、マイクの前に立つと自然に声のトーンが上がり、声に艶が出て、一日中でも1人で語り続けらける特技を持っているとか。
 う……うらやましい。
 私の場合、マイクに向って話している間が興奮状態なら問題はないのですが、ふと、途中で語っている自分に気がつくと、もう、最悪。始めの頃は、まるでチック症状のように同じフレーズが何度も出て来るのです。
 いけないと思えば思うほど、ハマってしまって。
 いま、習うより慣れろで少しはマシになりましたが、生放送が収録に変わって、本当に楽になりました。
 さて、そろそろ3時ですので、今日に備えて、軽く睡眠をとりましょうか。

■2007年03月01日(木)  ヨソはどうしているのでしょう       編集長 朱
 紙が相手の仕事をしていると、片面印刷の裏の白い紙が大量に手に入ります。メモに使ったり、保存資料の印刷に使ったり、果ては、天ぷらの敷き紙に、引き出しの底敷きに、ありとあらゆる使い方で消費しているのですが、なかなか需要と供給のバランスが悪くて、つい箱に積み上がってしまいます。
 場所は取るし、重たいし、さりとて(片面でも)白紙を捨てるなんて、そんな恐ろしいこと、カミさまのバチが当たります。ヨソはどうしているのでしょう。
 また、本も溜まります。
 資料や謹呈本、ラジオのゲストさんが残し研究書や資料など。ジャンルが非常に広範囲で、しかも中身は偏っていて、寝る前の読み物にもなりません。
 一室を図書室にしていますが、家のメンテナンスを頼んでいる大工さんがそれを見て、「いつか床がぬけますよ」と脅して帰られました。それでなくても台所の床が抜けたのです。
 かつて、若いころに大量の書籍を古本屋さんに売って、売上金でウイスキーを買って、飲んで、「あぁ、本を飲んでいるのだ〜」と感慨無量になったことがあります。いまでは古本も安くて、たぶんウイスキーどころか安い清酒が一本くらいかと思うと、活字に申し訳なくて、売るにも売れない状態です。ヨソはどうしているのでしょう。
 それより毎月溜まるのが、毎月発行の「うぶすな」です。
 急なご用命のために毎月50部は残していますが、これが5年分となると相当な量になって、これからも増え続けると思うと、どうすべきか、気が重くなります。こればかりは、ヨソはどうしているのか聞けないのが、辛いところです。
 また、結婚式の引き出物、お祝い返しの陶器、絶対に使わないセットもの。
 子どもが大きくなるとバザーも縁遠くなります。
 本当に、ヨソはどうしているのでしょう。

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